浮上速度はゆっくりと…
ダイビング中、最も気をつけなくてはならないのは、浮上というのは周知の事実。では、本当はどれぐらいの速度が安全なのだろうか?
U・S・NAVY減圧表の改定で、浮上速度がこれまでの毎分18mから毎分9mに変わりました。これにはどういう意味があるのでしょうか。浮上速度は遅いほうが安全なのでしょうか。今回はこの点について考えてみることにします。
ダイビングの講習では、減圧表をひいて潜水計画を立てるのに、浮上速度が問題になります。これに対して潜降速度が問題になることはさほどありません。潜降速度は、圧力の物理的な影響を排除できる程度ならさほど問題にならないからです。もう少し具体的にいうと「耳ぬき」や「マスククリア」を落ち着いてやることや「副鼻腔(サイナス)」に痛みを感じたりしない程度なら問題がないわけです。一方、浮上速度はそれに基づいて体内への窒素の吸収と排出を考えるため重要です。
もし、この速度を超えるほど速く浮上した場合には、体内に限度を超える気泡が形成されて、減圧症を引き起こす原因になる可能性があります。またこの速度より遅い場合には、窒素がさらに体内に溶け込むことになり、やはり同様に危険が生じることになるといわれていました。この両者ともが減圧表の基になっているなっている理論から逸脱するわけですから、表を使う場合には極力指定された速度で浮上する必要があるとされたわけです。
減圧表は現在のようにレジャーダイビングが盛んになる前はほとんどは作業用に開発されていましたから、浮上速度を守ることも比較的簡単に可能でした。作業での潜水では、水面要員がいますし、ロープを使っての潜降・浮上が常識ですから、速度の管理もそれほど問題はないわけです。
ところが、このように厳密に浮上速度を守ることはレジャーダイビングでは不可能に近いといえるでしょう。U・S・NAVYの昔の毎分18mにしても、これを守ってスクーバで浮上するのは至難の技といえました。筆者は「小さなアワを見ながら浮上する」と習ったのですが、よく考えてみると「小さなアワ」とはどのくらいの大きさなのか不明ですし(実際にはアワになるかならないかほどのごく小さいもの)、アワは総て次第に浮上速度が速くなるはずです。ですから、常に追いかけるアワを取り替えなければならないのです。新しい毎分9mではさらに難しいでしょう。
話がそれましたが、結論的にいうと現在では浮上速度は次第に遅いほうに移行する傾向にあります。また基準より遅い浮上速度はさほど問題にせず、速い浮上速度を問題にするようになって来ています。最近話題のカナダのDCIEMの減圧表は、浮上速度が毎分15mですが、+−3mの余裕があり、まさしく「スポーツダイビングテーブル」として使いやすく考えられているのも、こうした傾向を示すものといえます。またPADIのRDPでも浮上速度は「毎分18mを越えない」となっていて、遅い浮上速度については問題にしていません。
潜水後、浮上に移って環境圧力が減少すると、身体は溶け込んでいる余分な窒素を排出しようとします。この時のどうしても体内に小さなアワが形成されます。このアワは静脈を通ってゆきますが、静脈は次第に太くなっているわけですから、ある程度アワが形成されてもすぐに減圧症になってしまうというものではありません。これがいわゆる「マイクロバブル」ですが、減圧症を発症しないことから日本語では「無症候性気泡」といわれています。
こうした小さなアワでもいくつか合体すれば大きくなる可能性があります。そうなれば減圧症を引き起こす可能性も出てきますから、いくら小さいアワだといってもそんなものはできるだけ少ないほうがよいのは道理でしょう。急激な浮上をすれば、こうしたアワが排出される余裕がないうちに浮上してしまうわけですから、問題になるだろうことが直観できます。遅い浮上ならば、そうしたアワを幾分か排出しながら浮上することになりますから、そちらのほうが安全といえるわけです。
一方、別の研究でレジャーダイビングの浮上速度は、水深10m以浅では非常に速くなる傾向があることが指摘されています。これはビデオなどを使ってレジャーダイバーの浮上速度を研究したもので、なんと旧U・S・NAVYの毎分18mの2〜3倍の速度で浮上する傾向にあるとされています。これはおそらくBCの中にいくらかの空気が残っていることが多いためもあるでしょう。これは、先ほどのマイクロバブルを消失させるという点から考えても、非常に危険な行為といわざるを得ません。
マイクロバブルの発生はやむを得ないとしても、できるだけゆっくり浮上することが体内への窒素の負荷という点から考えても有効なことが現在明らかになっています。例えばU・S・NAVYの窒素負荷は浮上速度を毎分9mとこれまでの半分にすると、とくに30mを超えるところでは窒素負荷が10%程度小さくなることがわかっています。しかし、それより確実な方法は「安全停止」です。
途中で停止することによって浮上後に体内に形成される気泡に数が激減していることがわかるでしょう。
幸いなことに水深10m以浅は光が十分ありますし生物も豊富ですから、できるだけゆっくり浮上して、確実に安全停止(水深3〜6mで3〜5分間といわれている)を行うようにしたいものです。安全装置は、レジャーダイビングの「浮上速度を確実に一定に維持できない」性質をうまく補ってくれるものといえるのです。遊びのダイビングにリスクを大きくする「蛮勇」は不要といえるのではないでしょうか。






